壊れた歯車

注意!

残虐な表現があります。
艦娘が死にます。

部屋の隅、泣いているのは一人の少女。
膝を抱えて、頭を抑えて、周りの声は何も聞こえない。
止まらない涙に苛立ちながらも、肩で呼吸を続ける。
少女の名は野分。
野分は頭の中がヘドロでいっぱい満たされているようだった。
時折床を殴る。返ってくるのは鈍痛のみ。
その頻度が徐々に高くなっていく。ドンドンドンッ、ドンッ。
もう一つの音。扉を開こうとする音、ガチャガチャとドアノブをひねるが鍵のかかった扉は開くことがなかった。
こちらも同じく、ドンドンドンッ。

「のわっち!開けろ!」

聞き慣れた声。少女の名をあだ名で呼ぶ者。彼女は嵐。
だが、野分の涙は彼女の声を拒む。
ドンドンドンッ……ドンドンドンッ……。

「なぁ、頼む。頼むよ、開けてくれよ……じゃないと、俺は無理矢理にでもこじ開けちまう……なぁ、なぁ!萩はそこに居るんだろ」

萩。
嵐の呼ぶ名前は萩風のこと。萩風は確かにそこの部屋に居た。
しかし、意識はない。野分の隣で目を閉じて、眠っている。
優しそうな表情で、彼女は……ただひたすらに眠っている。
野分はチラリと萩風のほうを見る。するとまた表情を変えて、眠っている萩風に対して馬乗りになる。

「あなたが、あなたがッ!」
「やめろ!やめろ、野分ッ!!」

胸ぐらを掴む。萩風の意識は戻ることはない。
死んでいるわけではない、彼女たち、艦娘は簡単に死なない。
陸では死ねない。死ぬことすら出来ない。死ねるのは海の上でだけ。
野分は萩風の首を締める。殺すことなど出来ないと分かっていても締め付ける。萩風は次第に苦しそうな顔をする、咳をこみ、なんとか呼吸をしようとする。しかし、野分の力は小さくなることはない。力は増していく、そうして……苦しそうな顔をしていた萩風はまた眠る。
眠っていたのに、また眠る。
死んでいるわけではない。死ねるわけがないのだから。

いや、本当は死んだ。
本当は殺したのだ、呼吸を活動を妨害し、文字通り息の根を止めた。

……すぐに生き返る。
陸では死ねない運命にある彼女は何度でも萩風を殺す。

「舞風を、よくも舞風を!」

舞風。ここには居ない名前。
舞風、舞風、舞風。野分が呟くと、萩風はそれに反応するようにピクリと動く。
それがまた野分を苛立たせる。
「嫌だ、もう……嫌っ」
また部屋の片隅に転がる。頭を抑えて、記憶をも消してしまいたいと思う。
いっそ無になれば、死ぬことさえ出来れば……そう考えても死ねない。
野分に出撃許可命令は出ない。許可が出ない者には海に出ることが出来ない。
無理なのだ。物理的に艤装の展開すら出来ない。
上の者は知っていた、野分がこのような状態になっていることを。
知っていたからこそ、貴重な存在である艦娘を自殺させるような真似はさせない。
生き地獄。まさに、それだった。

地獄にしたのは数日前。
萩風は嵐のことが好きだった。
その気持は次第に現れたもの……ゼロから始まったこの思いは、百へと確実に進んでいった。
だが、嵐が好きだったのは舞風だった。
萩風にとって舞風は邪魔でしかなかった。どうして舞風なのか、どうして萩風ではないのか。
理解が出来ない。
当たり前だ、舞風はただひたすらに元気を振りまく。
その魅力に嵐はやられた。
太陽のように眩しく、暖かい彼女を、舞風を、この上なく愛していた。
萩風も嫌いではない。嵐にとってはパートナー。良き友人、良き隣人、良き……姉妹だった。

許せなかった。そんな立ち位置なら舞風と変わりたい。

舞風が居なくなれば、変われるかもしれない。
萩風は思い立った、すぐに実行に移す。
艦娘は陸では死ねない、しかし海では死ねる。沈んで、存在を消すことが出来る。
それならば海で殺せば良い。もちろん、自分がやったことを隠して。
入念に作戦を考えた、準備を怠らずに、誰にもバレ無いよう一人で行った。

計画は成功した。
だから舞風は「居ない」
野分もまた、舞風を愛していた。
嵐よりも、更に深く、深く……それはもう信仰に近いものだった。
舞風が居なければ野分は成り立たない。陰と陽の存在だった彼女たちは、その均衡を崩した。
片方が存在しないだけで、片方はもう片方を求める。
しかしそれは叶わず、舞風は唯一無二の存在であった。
だから許せなかった。だから、殺したいと思った。舞風と同じ目に合わせたいと思った。

そして、今に至る。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も萩風を殺し、また泣く。
嵐の声は届かない。

では何故、嵐はこの状況でも萩風を、野分を救おうとするのか。

「あのね、嵐。もしも私が居なくなったら、わぁ!も、もしもだよ!もしもだからねー?その時はきっと、野分と萩風……苦しむと思う。私は知ってる、だからね、そうなったら嵐が助けてあげて。私はさ、みんな大好きだから。私が居なくなっても、みんな仲良くして欲しいから」

嵐は、舞風から聞いていた。
舞風はこのことを嵐にしか伝えていなかった。嵐の思いは純粋たる思い、依存の兆しはなく……ただひたすらに恋をしていたから。
だからこそ、信頼をした。その舞風の思いは無碍には出来なかった。
今は居ない彼女の言葉を、嵐は……絶対に、守らないといけないと。

「野分ッ!!」

開かれる扉。
見渡すと倒れる萩風と、泣きやまない野分。
二人共生きている、死ぬことは出来ない。野分の口は血まみれだった。何度も何度も舌を噛んだ、いくら出血しても死ぬことは無い。
萩風の首筋は既に青くなっていた。
最早痛覚すらも無いだろう、萩風は安らかに眠っている。もちろん死んではいない、艦娘だから。

「野分、野分!しっかりしろ」
「貴女が、貴女が舞風のことを!好きにならなければ!」
「ふざけるな馬鹿野郎!」

嵐が野分に対して馬乗りになる。返り血で赤く染まる制服。

「舞は、舞はなぁ!お前がそうなるって分かってたんだよ、駄目なんだよ。お前がそうなったら舞が悲しむ!」
「その悲しむ舞風すら居ないじゃないか!」
「今は居なくても!過去に舞は居ただろうが!」

嵐は野分の目を見る。死んでいる、何度も死んだ目。
今も死に続けている目。

「だって、舞風は、舞風……あ、あぁ……う゛ぁ゛……帰って来て、帰って来てよぉ……」
「野分。舞はな、舞風はな……」

嵐は野分に伝える。
過去の舞風の思いを……。

「……そんな、そんなことって。なんで、どうして!舞風は……分かってて止めなかったの……」
「分かってたんだろう。もう、どうしようもないことを」

嵐は周りを見る。
倒れる萩風、血まみれの野分、汗ばみ疲労困憊する嵐……そして、居たはずだった舞風の亡き空間。

「それでも舞は俺に仲良くしろって言った。だから俺はそれに従う」
「ずるい、どうして私には言って」
「聞かないだろ、お前」
「……」

図星だった。

次第に涙は止まっていく。落ち着く野分を見て安堵する嵐であったが、油断は出来ないので野分の腕だけ縛り付ける。
「もう平気よ、バカ……」
「信頼出来るかよ。とりあえず萩は入渠だな、何回殺ったんだよ……」
「分からない、何度も」
「バカはお前だバカ。……陸じゃ艦娘は死なないだろうが。ただの自己満足に相棒を使うんじゃねぇ」
「だって、そいつは!」
「分かってる!分かってんだよ、だけどな、逆に考えてみろ!舞が俺のことを好きって言ったら!お前は俺に同じことをしただろうが!」
「……」

二度目の図星だった。

「……はぁ。もう壊れてたんだよ、この歯車はどこかな」
「嵐……私、これからどうしたら」
「萩に謝れ。そして、舞にも謝れ。俺も謝る、萩も謝る。みんな謝る、それで終わり。あとは仲良くする、出来るか。出来るだろ、舞の遺言だぞ。やらなきゃならねぇんだよ、俺達は」
「……舞、風。うぁ、ぁ……ああああぁぁぁああ!!」

嵐は野分を受け入れる。胸の中で、涙と血が混ざるその顔を……撫でる。
入渠後の萩風は意識を取り戻すと涙を流していた。
自分の行ったこと、野分にされたこと、全てを思い出し、後悔し、自身を殺そうとした。
だけど、嵐が止めた。これ以上萩風を死なせるわけにはいかない。
「だって、だって、嵐。私、私……なんで、こんな、こと……」
「良いんだよ。もう良いんだ……落ち着け、な」
「どうして私のことを許してくれるの!」
「許してなんかいない。俺は許してない、全く許してない。舞が許せって言う、だから許す。それだけだ」
「意味が、分からない……舞風はどうして、そんなに」
「……太陽だったからな」

嵐は窓から輝く太陽を見上げる。

「萩は、俺のことが好きなんだろう」
「……うん」
「ありがとな。んで、ごめんな」
「謝らないで」

ぽりぽりと頬をかき、誤魔化す嵐。

「……舞は俺たちに仲良くしろって言った」
「だからって私野分に合わせる顔が無い」
「でも、野分は舞風の最期の言葉を受け入れた。それだけで十分だ……」

萩風の頭を撫でる。
大好きな子から撫でられているのに、心地よさは感じない。

罪悪感、焦燥感、劣等感。いろんな感情に押しつぶされそうになる。
嵐の言う舞風は一体どうしてこんなことを考えていたのか。

この結末は、一体……誰が望んだものだったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね、神様。私はね、舞風っていうの。これから仲良くしてくれるあの三人をね、最期まで見守る役目を私にください。うん、ありがとう。それじゃあ見届けるね、最期まで……素敵で、暗い雰囲気にはならない、楽しい仲間たちの……戦いを」

おしまい


いろいろあって、ちょっと久しぶりにアレな感情になったので創作にぶつけました。
私絶対普段こんなの書きませんし、書けません。

本当久しぶりです、多分3,4年ぶりくらいでしょうか。
お好みでしたら、幸いです。

では。