神風浪漫娘-サンプル

大正初期。
突如現れた謎の生命体に人間の自由は奪われた。
深海棲艦と呼称される者が最初に現れたのは太平洋沖だった。旅客船は沈み、乗っていた者は全員死亡……と言われていた。
一人だけ助かった者が居た。だが、政府はこれを正式に発表することはなく、唯一生き残った少女は研究材料として検査を受ける日々を過ごしていた。
その少女は力を持っていた、それは深海棲艦を圧倒する力だった。政府は各国に知られぬように、極秘で研究を進めていた。
そしてその研究は実りを迎えた。第二第三の少女を生み出すことに成功した。
条件は謎だらけであったが、人類は初めて深海棲艦に対抗する手立てを手に入れたのだ。

その少女の力を持つものを艦娘と呼称した。

政府は公に研究の成果を発表し、各国に条件付きで情報を提供する。
そこからは技術競争だった。だが、日本国はどの国よりも艦娘の適正能力の高い少女が多く、海域は確実に攻略されていった。

深海棲艦が現れても、陸地は安全ではあった。空襲の危険もあったが、艦娘が配備されるようになってからは回数が減る一方だった……ましてや本土の空襲などは、最後にあったのは遥か昔の出来事のように国民は感じていた。

そんな世界の片隅で、一人の少女が汽車に乗っていた。

「帝都かぁ……どんな所なのかしら」
大荷物と共に汽車に揺られる。窓の外を見ると田や畑、川しかなかった。本当に帝都はあるのだろうかと思わんばかりに、少女はずっと窓の外を眺めていた。
「お嬢ちゃん帝都へ行くのは初めてかい?」
帽子を被った初老の男性が声をかけた。どうやら少女の独り言を聞いていたようだった。
「そうよ。私は秋田から来たの。妹たちが生活できるよう出稼ぎにね」
「ほう……小さいのに偉いのう」
「小さくないわ、私はもう十四よ。子供とは言えないわね」
「ほほ、ワシから見ればまだまだ子供じゃが……確かにレディには失礼であったな」
「もうっ」
少女は不満げに初老を見ていた。その様子を察した初老は懐から何かを取り出す。
「お詫びの飴じゃよ」
「あら、ありがとう。頂くわ? 許してあげる」
初老は笑う。やはり少女はまだまだ子供だと認識したからであった。

揺られること数時間。今だ帝都の様子は見えなかった。
「本当にあるのかしら。実は狐に化かされて違う汽車に乗ったとか……ありえるわね。もしかしたらこのまま変な世界へ行っちゃうかもしれないわ」
ぶつぶつと言いながら、退屈そうに足を揺らす。そして思い出したかのように、少女は持っていた鞄からノートと鉛筆を取り出す。
「そうだったわ、私は優秀な成績を収めるものになるんだから、勉強しないと」
同じように本を取り出し、片手で眺めて計算式を紙に書く。内容は弾道学が書かれていて、少女は頭を悩ませながらも、すらすらと解いていく。
「こんなのお茶の子さいさいよ……」
「……おぉ、お嬢ちゃん」
先程話しかけてきた初老がまた声をかけた。
「なぁに? 今私忙しいのだけれども」
「もしや……帝都に行く理由は」
「そうよ、私は……艦娘に……」
その時、窓の景色は一変する。それに気づいた少女は振り向いて、景色に圧巻されていた。
「何よこれ!凄い!」
建物は多く、人も多い。車は走り、街頭が立ち並んでいた。
「……艦娘、か」
「あ、途中だったわね。そう、私は艦娘になる為に帝都に来たの」
少女は腕を組み、目を見開き……こう言い放った。
「この私、神風の名を覚えておきなさい、歴史に刻まれるこの名を!」

駅につくと、人でいっぱいだった。神風は降車すると、切符を見せて街に出る。荷物が沢山あったので、抱えながらも再度帝都の様子を見て目を丸くする。
「本当に来ちゃったのね……帝都に。凄いわ、こんなに人が居るのは初めて見るわね」
まさにお上りさんであった。周りに居る人達は神風を見て笑っているようだった。それに気づいた神風は顔を赤くしながらも、すたすたと歩き初めた。
「そ、そうよね。みんなにとっては珍しくもなんともないんだわ。恥ずかしいわね……もう。うん、私もここに住むんだから馴染まないと……っと、そうだ」
ポケットからメモ書きを取り出す。中を見ると地図が書かれていた。
「駅がここで、今はこのあたりかしら……広場を考えたら、こっちが上野公園かしら……」
「上野公園はあっちだよ」
「え? 本当……? ありがとう! 助かったわ」
「教えてあげたんだから、何か頂戴」
「えっ……何かって」
「お金とか」
……神風は再度目を丸くした。ここまで清々しい物乞いはこれまでの人生で会ったことはない。
「い、イヤよ! えっと、えっと……うーん、飴で許して?」
「仕方ないなぁー、田舎娘はお金無いもんな。じゃあな! 姉ちゃん!」
「誰が田舎娘よー!」
神風の見た目は田舎娘そのものだった。くたびれた着物に、大荷物。上京してきたのは一目瞭然であった。なので、このような物乞いの少年に騙される。ちなみに、少年が教えた方向は思い切り間違えていることを知るのは、今から十五分ほど先の出来事であった。

「訓練艦、春風。君にお願いしたいことがある」
「はい」
艦娘を養成する学校。その職員室に呼ばれた訓練艦である春風は呼び出されていた。落ち着いた雰囲気で、柔らかい表情を浮かべたままお願いを聞いている。
「今日試験を受ける艦娘候補生を向かえに行ってあげて欲しいんだ。あ~……多分もうついているな。上野公園に居る、ここからなら歩いて行ける距離だろう。お願いしても良いか」
「分かりました、上野公園ですね。行って参ります」
「ありがとう」
そう言うと春風はお辞儀をした後、職員室を後にした。だが、春風は一つ間違いを犯していた。まず、探しに行く人物はどのような人物なのか……顔も知らぬまま、上野公園を探すのは不可能に近いのではないか、ということだ。
「……そういえば、春風に写真を渡すの忘れたな」
春風が出発してから十分後になっての発言であった。
「綺麗ね、桜……」
上野公園に咲く桜を眺める神風。満開とまでは行かないが、それでも十分綺麗な桜だった。きっとこの桜がなかったら、神風は怒り狂っていただろう。最初に騙され、迷い……交番に立ち寄ってやっと上野公園にたどり着くも、向かえのものは来ておらず、散策しながらもそれっぽい人も居ない。
忘れられてしまっているのではないかという不安がよぎる。そうだとしたら、今日……寝泊まりする所が無い。お金もそれほど持ち合わせておらず、このまま公園で寝ることになってしまう。艦娘の候補生と言えども、十四歳の少女。こんな所では眠れなかった。
「はぁ~……なんかなぁ~」
石を拾って地面に落書きをする。円だったり四角だったり。荷物も持っているのが疲れ、ずっと地面に置いたままだった。
「私これからどうしよっ……」
すると、神風はとあるものが目についた。

「……わぁ、綺麗。桜、満開……ではないのですね」
上野公園に到着した春風は呆然と桜を眺めていた。人の賑やかな声が今は心地よく、胸が高鳴る思いでいっぱいだった。
だが、そればかりしているわけにはいかない。春風は花見で来たのではなく、人を向かえに来たのであった。
「……そう言われれば、どのような人物なのでしょうか。神風さん……ということしか分かりません」
春風の記憶力は良い。名前はしっかりと覚えていた。だが、肝心な所は抜けてしまっていて、それに気づいた時には少しだけ顔が真っ青になっていた。
「……どうしましょう、困りました」
今から戻るにも、やはり待たせてしまうことになる。今ここで神風を呼ぶべきか……そこで春風は気づく。見晴らしの良い所なら、いろんな人を見て待っているような人が居るかもしれない。その人に話しかけて、聞いてみて……善は急げだった。
春風はゆっくりと見回す、あそこを登れば見つけられる。そう踏んだ春風は少し急ぎ足で階段を登る。
「早く……見つけないとですね」
カタカタカタッ。階段をかけていったが、ここで春風は足を踏み外してしまう。
「あ、あっ!」
思わずよろけてしまう、バランスをなんとか取って持ち直そうとするが、重心が後ろにかかり転げ落ちそうになる。
「危ないっ!」
春風は誰かに抱きかかえられた。
「わ、わ……ご、ごめんなさい。ありがとうございます……」
「大丈夫よ。それよりそっちこそ大丈夫? 足とか挫いてない?」
「はい……大丈夫です」
「良かった」
春風を抱きかかえたのは神風だった。よろけていた人物が目に入り、咄嗟に足が動いて支えていた。
「気をつけなさい? なんか急いでいたみたいだけど」
「そうなんです……実は人を探していて」
「人? えっと……」
神風はもしかしてと思った。
「……名前、は」
「はい、神風さんという方で」
「よ、よ……よ……」
「……よ?」
春風は首をかしげていたが、神風は気にせずに腰を抜かして。
「……良かったぁ」
その場に座り込んでしまった。