神風浪漫娘2 サンプル

「失礼するよ」
その一声で教室内に居る女学生は声をあげた。
「松風様よ」
「あの松風様が、どうして……」

そんな声を気にせずに、松風は目的の相手目掛けて歩く。その目的の相手は、松風のことなど気にせずに、別の人と話していた。それが松風にとって、更に新鮮さを覚えた。
その二人の横に立つと、流石に二人共気づき、松風を見上げる。

「こんにちは、君が神風嬢で、君が春風嬢だね」

満面の笑みで声をかける松風。その笑顔に神風はジロリと目つきを変える。神風にとっては見覚えのある笑顔だった。昔和菓子屋を騙しにやってきた謎の男……帝都へ来て初めて自分を騙した相手の笑顔……そう、つまり胡散臭いのだ。神風はそれがすぐに分かった。一方で春風は既にこの相手を知っていた。

「ま、松風さん」
「春風知ってるの?」
「これは驚いた、春風嬢に知られているとは。光栄だね」

ケラケラと笑いながらも、その麗しさは消えることがない。春風は一呼吸置いてから、神風に説明をする。

「は、はい。もちろん存じ上げております。お姉さま、こちらは松風さんです。ある意味で、この女学校ではお姉さまとは違う方向で有名な方です」
「ふーん? それで、その女学校の有名人様が私達に何の用かしら?」

しめたと言わんばかりに、松風は嬉しそうに椅子に座り、二人と話す。

「ふふ、神風嬢。君、中々に面白いことをしたらしいじゃないか。この女学校に来てから早々、濃厚な出来事を学校中に噂で広めるなんて、常人では出来ないことさ」
「その話で茶化しに来たのなら私は話すことはないわ?」
「勘違いしないで欲しいなぁ。僕は君たちと友達になりたいだけさ?」

信じられない。神風はそう言おうとしたが、春風が居る手前言うことが出来なかった。だが、その春風も驚いた様子を隠せずに、神風と松風を交互に見ていた。松風は笑い、神風は睨みつける。
そして、周りの女学生はまたもや神風に対しての不信感を煽る一方だった。春風はそれに気づき、精一杯のフォローを入れる。

「そ、そうです……ここではゆっくりお話もしかねます。放課後、わたくしたちのお部屋にいらっしゃっては如何でしょうか?」
「それは良い、君たちも寮生だったね。君たちが良いなら、僕はありがたくお邪魔させて頂くよ。神風嬢は良いかい?」
「春風がそう言うなら良いわ。周りも五月蝿いしね」

これぞ神風だった。もっとも、周りがどれだけうるさくとも、神風は腰を据えて松風と話すことは出来たのだが。

教室ではまた神風の話でいっぱいだった。休み時間になればその話。授業中ですら話す者も居た。松風が神風に与えた印象はそれほどまで大きなものだった。

「ねぇ、春風。松風ってどんな人なの?」

休み時間。神風は放課後やってくる相手のことを分からないまま相手にするのはマズイと思い、春風に質問を投げかける。春風は頬に指を当てながら、思い出すように語った。

「そうですね……成績は優秀、家柄も貿易関係のお仕事をされている方とか。しかし、あの短髪や振る舞い、何より、教師をも言い負かす達者な喋りで、授業に出ないことも多く……とにかく自由をこよなく愛する方と聞いています」
「自分勝手に聞こえるわね」
「そうとも言いますね」

苦笑しながらも答える春風だった。神風は腕を組んで、どうして松風が自分たちに声をかけてきたのか考える。原因はいくつかあった。
まず、噂で聞きつけて野次馬として自分の立場を使い、聞きに来た……それで、また神風と春風が面白おかしいことをしたら、と考える。
もう一つは、ただでさえ様々な噂が並ぶ松風自身、その噂を持つことに誇りを持っていたら、突然やってきた神風に話題が重なり、嫉妬している……。
最後に、本当に嘘偽りなどなく友達になりたいだけ。
神風は流石に最後の一つは無いだろうと思いながらも、考えを春風に言う。

「そうですね、考えられるとしたら一つ目が最有力でしょうか……松風さんは面白いことが好きとの噂もあります。だからこそ、面白いものを求めて授業に出ず、自由に歩き回っているとも聞きます。それに松風さんはお付きの情報網があるらしく、それらも踏まえるとやはり……そうかと」

しかし、その考えが本当だとしたら神風と春風にとっては迷惑でしかなかった。これ以上話題の中心人物になることは避けたい、神風はそう思っていた。普通に勉強し、普通に卒業、その後、艦娘になれれば良い。これ以上目立っても何の益にもならないのだから。

「そういうことなら、きっぱり言うべきよね。貴女の暇つぶしになんてなるわけないって」
「そうですね、わたくし達は本気で艦娘を目指していますし……そのようなことでお姉さまの道を邪魔されても困ります」

もちろん、その中に春風自身も含めていた。松風も同じく艦娘になるなんて馬鹿らしいと思っているならば、本当にただの暇つぶし……そうだとしたら付き合う余裕なんてものは二人には無いのだ。

「よし、それじゃあ今から作戦会議よ」
「はい、お姉さま」

会議を始めようとした瞬間に教室に教師が入ってくる。作戦会議は次の休み時間までおあずけになるのであった。

 

放課後。ある程度の作戦は練りながらも、神風と春風は松風が来るのを待っていた。

「そろそろかしらね。とりあえずお断りしますからよね」
「はい、お断りしましょう」

そう言うと、ノックの音がする。神風が受け答え、扉が開かれると、そこには風呂敷包みを持った松風が居た。

「やぁ、失礼するよ」

神風はサッと身構える。松風はその様子を見て笑いそうになるも、グッと笑いを堪えた。

「まずはお詫びさ。今朝は急に押しかけて申し訳なかったね。周りの目もあったし、失礼したよ」
「あの、それも狙いではありませんか? 松風さん、私とお姉さまは……」
「静かに過ごしたいの。これ以上あんたの暇つぶしには付き合ってられないわ!」
「まぁまぁ落ち着いて、二人共。とりあえずお詫びとして、お菓子を持ってきたよ。良かったら食べてよ」

風呂敷包みを開くと、中には箱入りの菓子が入っていた。二人の会話を断ち切られ、強引ながらも会話の流れを松風に気を許しかけてしまう。春風はそういうことならと思い、静かに立ち上がってお茶を淹れる。ここで仕切り直そうという作戦だ。

「い、頂くわ。私ね、お菓子にはうるさいのよ。それなのに和菓子を持ってくるなんて良い度胸じゃない」
「カステラだよ。お口に合うと嬉しいんだけど」

神風は驚いていた。目を見開き、本物かと疑っていた。カステラ。話には聞いたことがあったが、本来カステラは長崎にしか無いものだと思っていた。帝都はともかく、神風の地元にカステラがやってくることはなく、以前に父親から聞いた話でしか耳にしたことすらなかった。

「カステラですか、文明堂でしょうか」
「流石春風嬢だね。僕のお父上は少しだけ縁があってね。丁度手元にあったから、お詫びとして持ってきたのさ」
「それにしては、準備が良すぎですね」

春風は熱いお茶を淹れながらも、冷たくあしらう。

「保存の利くお菓子ならともかく、カステラ……梅雨の時期ほどではありませんが、痛むのは早いお菓子だと認識しております。それを……偶然お手元に、とは考えにくいです。まるで……」
「最初から私達のために用意していたみたい、そう言いたいのよね」
「はい」
「ぷ、ふ……くくっ……」

とうとう抑えられない松風。手を口元に当てて我慢をするが、それすらも離し、笑ってしまう。

「あっはっは! 本当面白いね、君たち。そうさ、これは君たちの為に用意したお菓子だよ。しかし、お菓子に罪は無い。こうして持ってきた以上は食べて貰わないとね。ふふっ」
「ほんっと胡散臭いわね。それだったら最初からそう言いなさいよ、お詫びとして食べるカステラよりも、贈り物として貰うカステラのほうがきっと美味しいわ。貴女の言う通りカステラには罪が無いもの。頂きましょう、春風」
「ええ、このカステラは贈り物ですから。何も……借りはありません、ね」

しっかりと貸し借り勘定を無しである前提と言う春風。流石に作戦を練っただけあって、二人の防御は硬い。神風は楊枝でカステラを取り、口の中に入れる。

「ん……」

口いっぱいに広まる甘さ。卵黄と砂糖、そして少しだけはちみつが入っているだろうか。含んでから分析するのはもう癖であった神風。キャラメルの時とは違い不意打ちではないので、しっかりと考えてから口を開く。

「美味しいわね。なるほど、これがカステラなのね。勉強になるわ」
「お気に召してもらえて良かったよ、さぁ春風嬢も」
「はい、頂きます」

同じく楊枝で取り、頬張る春風。甘さに少しだけ蕩けながらも、しっかりと感覚を取り戻して、松風を見る。

「美味しいですね」
「はっはっは! もっと喜んでくれよ、まぁ仕方ないか。それじゃあ甘いものを食べた所で、本題に入ろうか」
「本題に入る前に松風も食べたら?」
「それもそうだったね。頂こう」

松風も頬張ると、嬉しそうに噛みしめる。

「流石だね。お父上が気に入るのも納得だ。カステラは良い商談武器だね」
「ふーん? まぁ、私たちはその商談乗るか分からないけどね」
「おっといけない、これから友達になる相手に商談なんて失礼だったね。はっは」

その笑いが一番失礼だと思う二人。だが、笑いが終わってから、松風の表情が変わったような気がした。

「……ふふっ、君たちは本気で艦娘を目指している。これは間違いないね?」
「その話で馬鹿にするんだったらお引き取り願うわ」
「まぁ落ち着いて。僕の話も聞いて欲しいな。僕もね……君たちと同じく、艦娘になりたいんだから」
「……え」

二人は今日一番に驚いた顔をしていた。

 

横須賀港。そこに一人の少女が船から降りて行った。

「お嬢様、お手を」
「ありがとう、でも私一人で大丈夫よ」

エスコートを軽く断り、コツコツと音を立てながら歩く少女。手には青い風呂敷を持ち、空を見上げる。

「久しぶりの日本ね。景色も懐かしいし、匂いも日本の匂い……ね、お父様もそう思わない?」
「そうだな」

少女の隣には少女の父が立っていた。父も同じく大荷物を抱え、少女と共に歩く。

「お父様、日本に帰ってきたらまず何をするのかしら?」
「そうだな。お得意さんにご挨拶だろう。今回は長旅だったからな、お得意さんに顔を見せて安心させなければならない。深海棲艦が出てからは、輸入品はまるっきし市場に出回らなくなったからな。今回の仕入れで、信頼を得なければならない」

父の言葉を一文字たりとも聞き逃さぬように聞き、頷く少女。

「そうよね。お父様なら平気よ、きっと信頼を取り戻せると思うわ。そうだ、お父様! 私もお父様の手伝いするわ。私の顔もお得意さんに覚えて貰わないと」
「……朝風、お前は女学校へ行きなさい」

名を朝風と言う少女。父から受けた言葉を聞き、驚く。

「い、嫌よ。今更私が女学校へ戻っても仕方ないもの。それよりも私はお父様のお手伝いをしたい」
「駄目だ。お前には適正がある、適性が強いものは……艦娘にならなければならない。それに、お前が艦娘になり、この海を平和にしてくれるなら、それこそが最高の親孝行だ。……まぁ、艦娘にさせる親なんてのは、あまり子供のことを思ってない親かもしれないがな」

タバコに火をつける。その表情はどこか物悲しい雰囲気を持っていた。

「平和な海……」

朝風は振り向いて、海を見る。この海の先には深海棲艦が居る。いや、ついさっきだって深海棲艦は居たかもしれない。けれども、こうして今朝風が帰国し、また祖国の陸に足を踏み入れることが出来たのは、他ならぬ艦娘の護衛があってのことだった。

「平和な海になったらお父様の名はもっとみんなに知らしめることが出来るかしら」
「どうだろうな。だけどな、朝風。俺はどちらかと言えば、朝風は自分の為に戦って欲しい。俺の為じゃなくてな」
「お父様……」
「この世界ってのは面白い。海外を経験して分かったろう。世界は広い、だがなぁ……ここに居る者の殆どはそれを知らない。だからな、朝風。平和な世界になったら自分の手で面白い物を見つけて来るんだ。俺の為じゃない、お前の為にな」
「……お父様はずっと帰国するって決まってからそれを言うつもりだったの?」

朝風は見逃さなかった。帰国する寸前、父親の態度が少しだけおかしかったこと。朝風自身艦娘には興味がなかった。それよりも、自分は今ある父親の持つのれんを守り、はては大きくすること。それにしか興味がなかった。だが、深海棲艦によって父親の商売が少しずつ停滞しているのも分かる。艦娘の護衛があるとはいえ、海を渡るのには制限が出始めている。朝風の父親も例外ではない。

「……まぁ、そうだな。朝風には一度見せなければ分からないと思っていた。元々籍はあったからな、復学する形で……行ってくれるか」
「……分かったわ。じゃあ約束して。平和な海に戻ったら、お父様の持つ知識を私に教えてくれるって」
「もちろんだ。その時を俺ぁずっと待っている」
「うんっ!」

朝風は目一杯笑う。自身と、最愛の父親の為に。

 

神風と春風は顔を合わせた。何の冗談かと思ったが、どうやら松風の表情からして本気だということを認めざるをえなかった。何故ならばお互いに言い合った時、つまり神風が春風に対して本気で艦娘を目指していることを伝えた時、そしてその逆も……その時と同じ表情を松風はしていた。

だが、やはりどこかで信じられずに居た。軽く疑心暗鬼になっている二人は質問攻めをする。もっとも、これも後から考えれば松風の策略だったのかもしれない。

「貴女……本気みたいじゃない。どうして貴女は艦娘になるの」
「では逆に聞こう、神風嬢はどうして艦娘になるんだい?」
「質問に質問で返さないで! ……だけど特別に教えてあげる。私はこの海を守って、歴史に名を刻み、そして……みんなを安心させる為に戦うのよ」

胸を張って言う神風。松風に馬鹿にされると構えていたが、馬鹿にすることなく一所懸命神風の考えを受け入れる。なるほどと頷き、今度は春風の方を向く。

「春風嬢、君はどうだい?」
「わたくしは……お姉様とほぼ同じです。しかし、わたくしにはお父様、そしてお母様のこともあります。わたくしも、誰かの役に立ちたい……お父様やお母様のように、役に立ちたいという思いで……今ここに居ます」

真剣な表情で言う春風。これも同じく馬鹿になどせずに、聞き入れる松風。そこでようやく理解をする。松風はきっと本気なんだと。

「そうか、ありがとう教えてくれて。いやぁ、改めて謝るよ。僕も君たちのことを信じていなかったのかもしれない。本気かなんて会わないと分からないからね。それはきっと僕もそうだったろう。僕はね、僕の為に艦娘になる。僕は未来が欲しい……未来は幸せでありたい。だから僕は艦娘になって幸せになる。君たちみたいに皆を守りたいとか、大層な願いではないけど……お父上の受け売りでね。自身の人生だからこそ、自身の為に生きよ。そうして、生きていければ他人を巻き込んで幸せになれる、ってね」

春風はハッとする。そこでようやく松風が言っていたことを理解した。

「まさか、まさか! 松風さん、貴女のお父様は……」

……本編へ続く。